ファッションデザイナーの髙田賢三さんが、新型コロナウィルス感染により、パリ近郊の病院で死去されました。享年82歳。
髙田賢三さんは、文化服装学院が男子生徒の募集を開始すると知り大学を中退し、1958年に文化服装学院に入学。翌年、同学院デザイン科に進み、1961年には第8回の装苑賞を受賞されました。卒業後、婦人服メーカーのデザイナーを経て、65年に渡仏。70年、パリにブティックをオープンし“JUNGLE JAP”として初のコレクションを発表。民族調のフォークロアや鮮やかな花柄や重ね着などの提案により、ファッション界がオートクチュールからプレタポルテへと移行する時代に多大な影響を与え、世界中から注目を集める作品とともに、多大な功績を残されました。
1984年 仏政府より「シュヴァリエ・ド・ロルドル・デザール・エ・レトル」芸術文化勲章(シュバリエ位)を受章。1993年、ブランドをLVMHに売却し「KENZO」のデザイナーとしてクリエイション活動を継承。
1998年 仏政府より「コマンドゥール・ド・ロルドル・デザール・エ・レトル」芸術文化勲章最高位(コマンドゥール位)を受賞。
1999年 紫綬褒章を受章。国連平和賞ファッション賞を受賞。「KENZO」のデザイナーを退く。
2004年 「パリ市大金章」受賞。アテネオリンピック日本選手団公式服装をデザイン。
2016年 フランス政府より「レジオン・ドヌール勲章」名誉軍団国家勲章(シュバリエ位)を受賞。
2020年 ホーム&ライフスタイルブランド 「K三(ケイスリー)」をスタート。
長年に渡りファッション界において多大なる功績を残され髙田賢三さんは、装苑賞の審査員としても若手デザイナー育成にもご尽力いただきました。生前のご厚情に深く感謝をお伝えし、心からお悔やみ申し上げます。